研究系及び研究施設の現状 135
3-4 電子構造研究系
基礎電子化学研究部門
西 信 之(教授) (1998 年 4 月 1 日着任)
A -1)専門領域:クラスター化学、電子構造論、物理化学
A -2)研究課題:
a) 炭素−金属ハイブリッドナノ構造体の創成(遷移金属アセチリド化合物を用いて炭素被覆ナノ金属ワイヤー,磁性 ナノロッドを作る。)
b)還元法によるπ電子系マトリックス中の金属ナノシート,ナノ粒子の生成とその機構。金属プラズモン励起による ナノ粒子間の相互作用
c) 超高速分光法によるフォトクロミック反応,光異性化反応ダイナミックス d)分子クラスターイオンにおける分子間相互作用と電荷移動・エネルギー移動 e) 液体中でのクラスター形成による局所構造の発生と“ Micro Phase” の生成
A -3)研究活動の概略と主な成果
我々は,物質がクラスターを単位として振る舞うことを明らかにすると共に,その有する特性を最大限に活かすための基礎研 究を行っている。水素結合性分子集合系での気相クラスターの構造・反応・計算の仕事は,1980年代から続けているが,そ の決着は多くの場合精度の高い理論計算と実験との一致という道筋が決まった手法に依っており,東北大学,東京大学,九 州大学との共同研究でこれを進めている。液相に於ける混合の問題,特にクラスター形成による局所構造の発生と2種の分 子がクラスター集団レベルで初めて混合しうるという“ Micro Phase” の生成を,分子間振動のラマン分光によって発見した が,今後は密度揺らぎに基づくレーリー散乱の裾の異常に注目して新しい展開を行おうとしている。
a),b)溶液中でのミクロな相分離は,実は,カーバイドのような多成分系にも見られる。これをその機構から明らかにし, 積極的に利用してナノ構造体を構築しようというのが,a),b)のテーマである。現在最も力を入れているのは,「光還 元法によるπ電子系マトリックス中の炭素−金属ハイブリッドナノ構造体の創成」というテーマで,有機−金属イ オン性クラスター分子の結晶薄膜に光を照射し,電荷移動励起状態で有機陰イオンから金属陽イオンへの電子移動 による中性化を実現すると,中性金属原子が集合してゆく。ある大きさ以上になると金属プラズモン励起状態を生 成し,金属粒子の中で自由電子が発生し,光の電場によって双極子となり,この双極子同士が引き合って合体し,2 次元に伸びたナノシートとなり,やがて厚さ 10 nmから 300 nmの大きな金属シートに成長するというものである。 これは,熱励起が表面積最小の球状ナノ粒子を生じる現象と対照的であり,電場方向にシートの成長が見られる。紫 外励起が有効であり,フォトマスクを用いたナノリソグラフにも成功している。即ち,未照射部分の結晶は溶媒に よって除去されるが,光によって偏析した部分は溶媒に不溶であり有機部分はπ電子系で繋がった高分子となって いる。このπ電子系で繋がった高分子は誘電体であり金属ナノシートとの界面で,表面プラズモンを生じる。ナノ シートが光の波長よりはるかに短く,誘電体の中にこのようなシートが金属シートの厚さの2倍程度の間隔で分散 したものの光学的性質にも興味がもたれる。更に,ナノシートの合体成長過程をお得意の低振動数ラマン分光によっ て追跡し,その機構を探っている。表面プラズモンが関わるラマン散乱は強度の大きな増強があり,極めて有効なア
136 研究系及び研究施設の現状 プローチになりうる。
一方,約 1 eV のバンドギャップを持つ n 型半導体の C u2C2ナノワイヤーの合成に成功したが,これに熱をかけて銅 ワイヤーに炭素が被覆したナノケーブルの作成等にも成功した。このシステムの構造と電気伝導特性を理論計算と 実験の対応をさせながら調べている。
また,磁性への興味から様々な遷移金属アセチリド化合物の合成と構造,磁気特性を調べ,光や熱による様々なナノ 合金生成,炭素複合体生成とナノ構造の発生を調べている。このような複合体は,純金属粒子の欠点である保持力の 大きな増加が見られ,スピン反転温度も極めて高くなるという特徴を持っている。
c) ジアリルエテンを初めとする様々なホトクロミックシステムや光異性化を示す分子系のフェムト秒・ピコ秒時間分 解スペクトルの観測を通じて,これらの反応のダイナミックスを調べている。主として,九州大学,東京工業大学等 との共同研究を主体としている。
d) イオントラップトリプル四重極質量選別システムと,赤外,可視・紫外波長掃引レーザーシステムとを組み合わせて, 質量選別された特定のクラスターに光を吸収させ,エネルギーが最終的には付着したアルゴン原子等を解離させる ことを利用して,クラスターの吸収スペクトルを測定している。得られたスペクトルと精密な理論計算によって得 られたスペクトルを比べあわせて,構造決定を行っている。最近は金属イオンの水和構造の決定を行っている。東京 大学,九州大学,広島大学および東北大学との共同研究が主体となっている。
e) 混合系を中心とした液体の中のクラスター構造を,低振動数ラマン分光や液滴の断熱膨張による質量分析を中心に 調べている。特に,溶質と溶媒のミクロな相分離状態について系統的な研究が行われている。
B -1) 学術論文
A. MURAOKA, Y. INOKUCHI, N. NISHI and T. NAGATA, “Structure of [(CO2)n(H2O)m]–(n = 1–4, m = 1,2) Cluster Anions, 1. Infrared Photodissociation Spectroscopy,” J. Chem. Phys. 122, 094303 (2005).
K. WATANABE, A. KOKAJI, Y. INOKUCHI, I. RZEZNICKA, K. OHSHIMO, N. NISHI and T. MATSUSHIMA,
“Orientation of Nitrous Oxide on Palladium (1 1 0) by STM,” Chem. Phys. Lett. 406, 474–478 (2005).
K. SAKOTA, C. OKABE, N. NISHI and H. SEKIYA, “Excited State Double Proton Transfer in the 7-Azaindole Dimer in
the Gas Phase. 3. Reaction Mechanism Studied by Picosecond Time-Resolved REMPI Spectroscopy,” J. Phys. Chem. A 109, 5245–5247 (2005).
J. NISHIJO, C. OKABE, J. BUSHIRI, K. KOSUGI, N. NISHI and H. SAWA, “Formation of Carbon-Encapsulated Metallic
Nano-Particles from Metal Acetylides by Electron Beam Irradiation,” Eur. Phys. J. D 34, 219–222 (2005).
S. -Y. LEE, B. -H. BOO, H. -K. KANG, D. -G. KANG, K. JUDAI, J. NISHIJO and N. NISHI, “Reexamination of the
Structures and Energies of Li2C2 and Li4C4,” Chem. Phys. Lett. 411, 484–491 (2005).
J. NISHIJO, K. KOSUGI, H. SAWA, C. OKABE, K. JUDAI and N. NISHI, “Water-Induced Ferromagnetism in Cobalt
Acetylide CoC2 Nanoparticles,” Polyhedron 24, 2148–2152 (2005).
K. JUDAI, J. NISHIJO, C. OKABE, O. OHISHI, H. SAWA and N. NISHI, “Carbon-Skinned Metallic Wires and Magnetic Nanocrystals Prepared from Metal Acetylides,” Synth. Met. 155, 352–356 (2005).
研究系及び研究施設の現状 137 B -4) 招待講演
N. NISHI, “Microscopic Phase Separation in Binary Mixtures of Hydrogen-bonding Molecules,” Indian Institute of Science
Special Lecture, Bangarole (India), 2005年1月.
N. NISHI, “Carbon-skinned metallic wires and magnetic nanocrystals prepared from metal acetylides,” 国際会議「Optical
Probe 2005」, B angarole (India), 2005年 1月 .
B -5) 特許出願
特許番号:3413491, 「質量分析用インターフェース、質量分析計および質量分析方法」, 西 信之(岡崎国立共同研究機構 長), 米国特許 , 特許番号:US Pat. 6,620,624, 2000 年 .
特許番号:3733428, 「磁気クラスター、磁気記録媒体、磁気クラスターの製造方法、および磁気記録媒体の製造方法」, 西 信之(岡崎国立共同研究機構長), US Pat. A ppl. 10/347,600, 2002年 .
特願 2004-026797, 「遷移金属アセチリド化合物、ナノ粉末、および遷移金属アセチリド化合物の製造方法」, 西 信之、小 杉健太郎(自然科学研究機構長), 2004年 .
特願2004-026839, 「炭素被覆遷移金属ナノ構造体の製造方法、炭素被覆ナノ構造体パターンの製造方法、炭素被覆遷移 金属ナノ構造体。及び炭素被覆ナノ構造体パターン」, 西 信之、小杉健太郎(自然科学研究機構長), 2004年 .
B -6) 受賞、表彰
西 信之 , 井上学術賞 (1991). 西 信之 , 日本化学会学術賞 (1997).
B -7) 学会および社会的活動 学会の組織委員
Pacifichem2005 シンポジウム#110“ F rontiers in S tructural and F unctional S tudies of A tomic and Molecular C lusters and Nano-Particles” 組織委員長 .
文部科学省、学術振興会等の役員等
日本学術振興会特別研究員等審査会専門委員 (2004-2005). 学会誌編集委員
Chemical Physics Letters, member of A dvisory Board (2005-2008).
科学研究費の研究代表者、班長等
文部科学省 ナノテクノロジー支援プロジェクト「分子・物質総合設計支援・解析支援プロジェクト」総括責任者 . その他
総合研究大学院大学物理科学研究科研究科長 (2004.4-2005.3).
B -8) 他大学での講義、客員
東京工業大学総合理工学部 , 「クラスターの科学」, 2005年 11月 17 日 .
138 研究系及び研究施設の現状 B -10)外部獲得資金
基盤研究(B ), 「分子イオンクラスター蒸着法による高密度電荷集積と光刺激ダイナミックス」, 西 信之 (1995年 -1999年). 基盤研究(B ), 「水溶液中の特異なクラスター集合構造の発生と機能の発現」, 西 信之 (1999年 -2002年).
日本学術振興会未来開拓学術推進事業 , 「光によるスーパークラスターの創成とその光計測:単分子磁石の実現」, 西 信之 (1999年 -2004年).
文部科学省 ナノテクノロジー支援プロジェクト「分子, ・物質総合設計支援・解析支援プロジェクト」, 西 信之 (2002年-2006 年).
基盤研究(B), 「金属アセチリド化合物を用いたナノ複合金属炭素構造体の創成と構造科学」, 西 信之 (2005年 -2007年).
C ) 研究活動の課題と展望
2004年にはナノレベルで金属原子と炭素原子のハイブリッド化合物をアセチリドとして実現し,更にこれを用いて金属原子 結晶とグラファイトのような炭素層を接合し,金属に結合した皮革や炭素ナノチューブとして金属ワイヤーを包接することに 成功した。2005年は,長年培ってきた励起3重項の長寿命と電荷移動状態励起による中性化反応,そしてクラスターの励起 状態の性質に関する30年以上に亘る研究経験をナノの世界構築に最大限に活かした発見があった。電子顕微鏡の中に, 金属ナノシートが光励起によってのみ出現するのである。溶液の世界で,水とアルコールがミクロスコピックな相分離をクラ スターレベルで起こしていることを明らかにしてきたが,それと同じ熱力学的な理由から成分の偏析が起こり,熱では球状の ナノ粒子が,光ではナノシートが生じ,異なった電子スペクトルを与えるのである。光の場合は,これら微小ナノシートが次々 に集合して広い1枚のシートに合体してゆく。恐るべき光の場のなせる技である。フォトリソグラフで金属ナノ回路を大量生産 することもできるが,π電子系を含む誘電体ポリマーの中にナノシートがラメラ状に分散している初期の物質形態も大変興 味深い。とにかく,まず様々な分光学的手法を動員してイメージング手法とカップルさせて,光子場におけるプラズモン励起 状態粒子間の相互作用について研究を深めたい。更に,炭素と金属の系に珪素を入れ込んで有機物でも,金属でも,セラ ミックスでもない,しかし,いずれの性質をも具備した新しい高分子材料を開発してみたい。